『蓮如上人と光善寺』その69 真宗大谷派 淵埋山 出口御坊 光善寺 刊(大阪府枚方市) ( 日本史 )
『蓮如上人と光善寺』その69 真宗大谷派 淵埋山 出口御坊 光善寺 刊(大阪府枚方市)
親鸞教学に仏教を学ぶということは、その遺教について、学問的に理解研究を深めるということだけではない。親鸞聖人が学ばれたごとくに学ぶということであろう。しかも、蓮如上人は本願寺法主として、教団という組織を正しく維持発展させてゆく責務を荷なわれたのである。それは、親鸞教学について自らの深い信解にもとづいて、多くの人びとへの正しい教化をいかに推し進めるかにあった。つまり、自信教人信(じしんきょうにんしん)の実践道に立つということであった。
後に、上人が、『御文』という仮名法語による伝道教化の道を生涯かけて歩まれるが、この『御文』による伝道は、難解な「親鸞教学」の大衆化の方法としては画期的な成果をあげ、本願寺教団は飛躍的な拡大発展を遂げる。